タイタニックについて調べていると、「少女がタイタニックにまつわる不思議な夢を見た」という話を、ときどき目にすることがあります。
その少女の名前として伝えられているのが、ジェシーです。
1912年4月14日の夜、遠く離れたスコットランドで、ジェシーという少女が、
- 大きな船が海に沈んでいく
- Wally(ワリー)という人がフィドルを弾いている
といった内容を語った――そんな逸話が、後年の書籍などで紹介されてきました。
私自身、子どもの頃に図書館で「世界の不思議」や「ミステリー」の本をよく読んでいました。
ツタンカーメンやバミューダトライアングルのような話が好きで、その中で読んだ「タイタニックと少女と音楽」の話が、大人になった今でも記憶に残っています。
「あの時読んだ不思議な話は、どこまで確認できるのだろう?」
そう思い、今回は少女ジェシーの逸話から、タイタニックの音楽隊、そして最後に演奏された曲について調べてみました。
この記事を読むと、次のことが分かります。
- 少女ジェシーの逸話はどこまで確認できるのか
- タイタニックの音楽隊とウォレス・ハートリーについて
- 最後に演奏された曲にはどんな説があるのか
- なぜタイタニックには不思議な話が多く残っているのか
子どもの頃に読んだ記憶をたどるような気持ちで、最後まで読んでみてください。
少女ジェシーの予知夢伝説の真相
まずは、私がずっと記憶に残っていた「少女ジェシー」のエピソードから見ていきます。
後年の読み物などでは、1912年4月14日の夜、タイタニックから遠く離れたスコットランドで、ジェシーという少女が次のような内容を語ったとされています。
- 大きな船が海に沈んでいく
- 多くの人が海にいる
- 「Wally(ワリー)」という人物がフィドルを弾いている
後に、タイタニックの音楽隊を率いていたバンドマスターがウォレス・ハートリー(Wallace Hartley)であり、「Wally」という呼び名と結び付けられたことで、少女ジェシーの逸話はより広く知られるようになりました。
1912年当時の一次資料は確認できる?
子どもの頃は「本当に予知した少女がいたのかもしれない」と思っていましたが、大人になってあらためて資料を確認してみました。
結論からいうと、1912年当時の新聞記事や公的記録、ジェシー本人の発言記録など、逸話を直接確認できる一次資料は、今回調べた範囲では確認できませんでした。
一部の後年の資料では、スコットランド南西部のカーカドブライト周辺にいた「ジェシー・セアー(Jessie Sayre)」という名前で紹介されることもあります。
ただし、年齢や生い立ちなどの詳細は資料によって違いがあります。
そのため、
「ジェシーという少女の話が後年の読み物で語られている」
というところまでを確認できる情報として扱うのが自然です。
逸話として語り継がれた背景
では、ジェシーの話はすべて創作なのでしょうか。
現時点では、そう断定できる資料も確認できません。
大きな出来事のあとには、「あの時こんな夢を見た」「なぜか不思議な予感があった」といったエピソードが語られることがあります。
そうした話が少しずつ形を変えながら書籍や読み物に紹介され、長く残ってきた可能性も考えられます。
そのため、少女ジェシーの話は、史実として確認された予知夢というより、タイタニックにまつわる不思議な逸話のひとつとして見るのがよさそうです。
タイタニック音楽隊のリーダー「ウォレス・ハートリー」
ジェシーの逸話の中で「Wally」と結び付けられているのが、ウォレス・ハートリーです。
ウォレス・ハートリーは、イングランド出身のバイオリン奏者で、タイタニックではバンドマスターを務めていました。
タイタニックには、ハートリーを含む8人の音楽家が乗っていました。
彼らは、船内で乗客が音楽を楽しめるように、さまざまな曲を演奏していたとされています。
タイタニックで演奏を続けた音楽隊
タイタニックの状況が大きく変わったあとも、音楽隊が演奏を続けていたとする証言が残っています。
無線技師ハロルド・ブライドの証言からも、船から離れていく時点で音楽隊が演奏していたことがうかがえます。
ただし、
「最後の瞬間まで演奏を続けた」
と細かな時間まで断定できるわけではありません。
そのため、「状況が許す間、長く演奏を続けていたとする証言がある」と表現するのが適切です。
音楽隊が演奏していた楽曲
タイタニックの音楽隊は、クラシックだけでなく、当時親しまれていたさまざまな曲を演奏していたとされています。
- ラグタイム
- ワルツ
- ポピュラーソング
- 賛美歌
豪華客船では、船内で音楽を楽しむ文化があり、音楽隊は乗客にとって身近な存在だったと考えられます。
諸説ある「タイタニック最後の曲」
タイタニックの音楽隊について、今もよく話題になるのが、
「最後に演奏された曲は何だったのか?」
という疑問です。
現在まで、大きく分けて2つの説が残っています。
説1:『Nearer, My God, to Thee(主よ御許に近づかん)』
もっとも有名なのが、
Nearer, My God, to Thee
という賛美歌です。
日本では「主よ御許に近づかん」として知られています。
映画や書籍でも描かれることが多く、タイタニックの最後の曲として広く知られるようになりました。
一部の生存者から、この賛美歌を聞いたとする証言もあります。
ただし、すべての証言が一致しているわけではありません。
説2:『Songe d'Automne(秋の夢)』
もうひとつ有力とされるのが、
Songe d'Automne(秋の夢)です。
無線技師ハロルド・ブライドは、1912年4月に伝えられた証言の中で、最後に聞いた曲として「Autumn」という名前を挙げています。
後年、この「Autumn」は、当時人気だったワルツSonge d'Automneを指していたのではないかと考えられるようになりました。
なぜ最後の曲は今も分からない?
最後の曲については、複数の証言が残っているものの、内容が一致していません。
離れた場所から聞こえた音や、当時の混乱した状況の中での記憶だったため、証言に違いが生まれた可能性もあります。
そのため、現在でも
- 「Nearer, My God, to Thee」説
- 「Songe d'Automne」説
の両方が残っています。
100年以上たった今も答えがひとつに定まっていないことも、タイタニックが長く人々の関心を集めている理由のひとつなのかもしれません。
なぜタイタニックには予言や不思議な話が集まるのか?
調べていくと、ジェシーの逸話以外にも、タイタニックには「予言」と結び付けて語られる話がいくつかあります。
その代表例としてよく紹介されるのが、モーガン・ロバートソンの小説です。
タイタニックと似ているといわれる小説もある
モーガン・ロバートソンが1898年に発表した作品には、架空の大型客船「タイタン号」が登場します。
この作品には、
- 大型客船
- 4月の北大西洋
- 氷山
- 救命ボートの不足
- 船の大きさ
など、タイタニックと似ているとされる要素があります。
そのため、後に「タイタニックを予言した小説」として紹介されるようになりました。
ただし、作者が未来を見たと確認されているわけではありません。
当時の造船技術や海運事情に詳しかったことが、似た設定につながった可能性も指摘されています。
大きな出来事ほど不思議な話が生まれやすい?
タイタニックは、当時世界中で大きな注目を集めた出来事でした。
そのため、
「何か前触れがあったのでは?」
「あの夢には意味があったのでは?」
と考える人が増え、さまざまなエピソードが集まりやすくなったとも考えられます。
後から振り返ることで、偶然だった出来事が「予言」のように見えることもあります。
そうした背景を知ると、不思議な話を楽しみながら、史実との違いも整理して読めるようになります。
子どもの頃に読んだ「世界の謎」の記憶をたどって
今回、少女ジェシーの話を調べ直したことで、子どもの頃の図書館の記憶もよみがえってきました。
当時よく読んでいたのは、
- ツタンカーメン
- バミューダトライアングル
- 世界の不思議
- 予言やミステリー
といったテーマの本です。
インターネットがなかった頃、図書館でこうした本を見つけると、夢中になって読んでいました。
タイタニックの話も、そうした本の中のひとつとして読んだのだと思います。
特に記憶に残っていたのが、
「遠く離れた少女」と「船の上で演奏される音楽」
という組み合わせでした。
少女の名前も、本のタイトルも覚えていませんでしたが、その場面だけは長く記憶に残っていました。
大人になった今、当時の記憶をたどりながら資料を調べてみると、
「どこまでが確認できる情報なのか」
「どこからが後年に語られた逸話なのか」
を分けて考える大切さも分かりました。
まとめ|子どもの頃に読んだタイタニックの不思議な話を調べた結果
今回は、子どもの頃に図書館で読んだ「タイタニックと少女と音楽」にまつわる不思議な話を、現在確認できる情報と照らし合わせながら調べました。
調べて分かったことは、次のとおりです。
- 少女ジェシーの夢は、後年の書籍などで語られてきた逸話であり、1912年当時の一次資料による裏付けは今回確認できなかった
- ウォレス・ハートリーは実在したタイタニックのバンドマスターで、ハートリーを含む8人の音楽家が乗っていた
- 音楽隊が長く演奏を続けていたとする証言が残っている
- 最後の曲には「Nearer, My God, to Thee」説と「Songe d'Automne」説があり、現在も確定していない
子どもの頃は、ただ「不思議な実話」として読んでいた記憶があります。
けれど、大人になってあらためて調べてみると、史実として確認できる部分と、長く語り継がれてきた逸話が重なっていることが分かりました。
本当に未来を見た夢だったのか。
それとも、長い年月の中で形を変えながら伝わった話なのか。
答えは今もはっきりしていません。
だからこそ、確認できる記録と、長く残ってきた逸話を分けながら読むことが、この話を楽しむポイントなのだと思います。
子どもの頃に読んだ本の一場面を、大人になってから調べ直してみる。
そんな「記憶の答え合わせ」も、世界の不思議を楽しむひとつの方法かもしれません。


